2009年 06月 06日
この定理が美しい |
数学書房から『この定理が美しい』が出版されました。20人の執筆者が、各々美しいと思う数学の定理を選び、その魅力について書いています。私には、物理学者の立場から見た数学の定理について書くように依頼され、数学の方々の末席を汚すことになりました。
先週、数学書房編集部の方が、IPMUまで出版されたばかりの本を持って来てくださいました。私以外の19人の数学者の文章がどれもすばらしいものなので、帰りのつくばエクスプレスの車内で読んでいて、降りるはずの駅を逃して、終点の秋葉原まで行ってしまいました。定理や証明の美しさを語るということは、数学者の心の琴線に触れる話題のようで、数学への思いに溢れた文章に引き込まれます。
昨日、本郷の東大生協書店に行ったら平積みになっていました。
私は、最初は、「アティヤーとシンガーの指数定理」のように、現代物理学で重要な役割を果たしている定理について解説しようかと思いましたが、よく考えてみると、このような定理の深い内容は数学者に解説していただくのに限ると思い、むしろ数学者にあまり知られていない定理を紹介することにしました。こうして選んだのが:
場の量子論のくりこみ可能性の判定条件
です。
場の量子論には数学的には未完成の理論です。たとえば量子電磁気学は、それ自身では厳密には存在しないと考えられています。一方で、ヤン‐ミルズ理論は数学的な定式化が可能であると期待されていますが、その数学的定式化はまだ存在していません。(量子電磁気学がどのような意味で存在していないと考えられているのか、これに対してなぜヤン‐ミルズ理論は存在すると期待されているのかについては、本書で解説しましたので、ご覧ください。)
場の量子論に数学的定式化ができていない理由のひとつに「紫外発散」があります。物理学者はこれを「くりこみ」の方法で処理していますが、これが数学者になじみのない考え方であることが、数学者と物理学者の交流の壁になっているような気がします。そこで、場の量子論の諸定理の中でも簡単に述べることができて、しかも深い内容を持つ「くりこみ可能性の判定条件」について書くことにしました。
この定理は、坂田昌一、梅沢博臣、亀淵迪の3先生によって証明されたものです。場の量子論の基本的な定理ですが、日本人の発見であることはあまり知られていないように思います。ファインマン図を使ったくりこみ可能性の証明は簡単ではなく、場の量子論の学習の山場だといえます。この定理は、ファインマン図の構造の分析を経て、簡単な判定条件に帰着するところが見事だと思います。解説の最後には、このような奇跡が起こる種明かしについても触れました。
場の量子論には数学的定義がありませんが、「くりこみ可能性の判定条件」はそれ自身で数学的に意味のある定理です。私の記事では、数学者にもわかっていただけるように定理の内容を説明したつもりです。ご批判をお待ちしています。
私の記事はともかく、19人の数学者の方々の文章は価値がありますので、ぜひご覧ください。以下に、目次を再録します:
はじめてのwell-definedness 置換の符号の定義 阿原一志
運命のつながり ガロワ理論 石井志保子
有限体上の楕円曲線の有理点 ハッセの定理 伊藤哲史
対称性の美 結晶群の分類 伊藤由佳理
色褪せない定理たち 心に残る平面幾何の定理 牛瀧文宏
未開の大地への招待 くりこみ可能性の判定条件 大栗博司
閉曲面の分類とオイラー標数 川崎徹郎
2500年の歴史 素因数分解の一意性 黒川信重
複素解析の入り口 コーシーの積分定理 澤野嘉宏
おもしろい有理式 超幾何級数の変換・和公式から 白石潤一
新しいものを創造する力 対称化原理 杉原厚吉
複素数と繰り返しが織りなす世界 サリバンの遊走領域非存在定理 角大輝
思いがけぬ活用法 不確定性原理とその応用 立澤一哉
力学系の源泉 ニュートンの運動法則 田邊晋
数学の世界の紙工作 貼り合わせの補題 土基善文
λ計算の美しさ 合流性定理 西崎真也
数学の野原を飛び出して 補間多項式の一意存在定理 縫田光司
ガウスとフロベニウス 平方剰余法則と指標の直交関係 原田耕一郎
ランダムネスに潜む普遍性 中心極限定理 洞彰人
みなさんなら何を選ぶ? 学生が選んだ美しい定理 鈴木寛
先週、数学書房編集部の方が、IPMUまで出版されたばかりの本を持って来てくださいました。私以外の19人の数学者の文章がどれもすばらしいものなので、帰りのつくばエクスプレスの車内で読んでいて、降りるはずの駅を逃して、終点の秋葉原まで行ってしまいました。定理や証明の美しさを語るということは、数学者の心の琴線に触れる話題のようで、数学への思いに溢れた文章に引き込まれます。
昨日、本郷の東大生協書店に行ったら平積みになっていました。
私は、最初は、「アティヤーとシンガーの指数定理」のように、現代物理学で重要な役割を果たしている定理について解説しようかと思いましたが、よく考えてみると、このような定理の深い内容は数学者に解説していただくのに限ると思い、むしろ数学者にあまり知られていない定理を紹介することにしました。こうして選んだのが:
場の量子論のくりこみ可能性の判定条件
です。
場の量子論には数学的には未完成の理論です。たとえば量子電磁気学は、それ自身では厳密には存在しないと考えられています。一方で、ヤン‐ミルズ理論は数学的な定式化が可能であると期待されていますが、その数学的定式化はまだ存在していません。(量子電磁気学がどのような意味で存在していないと考えられているのか、これに対してなぜヤン‐ミルズ理論は存在すると期待されているのかについては、本書で解説しましたので、ご覧ください。)
場の量子論に数学的定式化ができていない理由のひとつに「紫外発散」があります。物理学者はこれを「くりこみ」の方法で処理していますが、これが数学者になじみのない考え方であることが、数学者と物理学者の交流の壁になっているような気がします。そこで、場の量子論の諸定理の中でも簡単に述べることができて、しかも深い内容を持つ「くりこみ可能性の判定条件」について書くことにしました。
この定理は、坂田昌一、梅沢博臣、亀淵迪の3先生によって証明されたものです。場の量子論の基本的な定理ですが、日本人の発見であることはあまり知られていないように思います。ファインマン図を使ったくりこみ可能性の証明は簡単ではなく、場の量子論の学習の山場だといえます。この定理は、ファインマン図の構造の分析を経て、簡単な判定条件に帰着するところが見事だと思います。解説の最後には、このような奇跡が起こる種明かしについても触れました。
場の量子論には数学的定義がありませんが、「くりこみ可能性の判定条件」はそれ自身で数学的に意味のある定理です。私の記事では、数学者にもわかっていただけるように定理の内容を説明したつもりです。ご批判をお待ちしています。
私の記事はともかく、19人の数学者の方々の文章は価値がありますので、ぜひご覧ください。以下に、目次を再録します:
はじめてのwell-definedness 置換の符号の定義 阿原一志
運命のつながり ガロワ理論 石井志保子
有限体上の楕円曲線の有理点 ハッセの定理 伊藤哲史
対称性の美 結晶群の分類 伊藤由佳理
色褪せない定理たち 心に残る平面幾何の定理 牛瀧文宏
未開の大地への招待 くりこみ可能性の判定条件 大栗博司
閉曲面の分類とオイラー標数 川崎徹郎
2500年の歴史 素因数分解の一意性 黒川信重
複素解析の入り口 コーシーの積分定理 澤野嘉宏
おもしろい有理式 超幾何級数の変換・和公式から 白石潤一
新しいものを創造する力 対称化原理 杉原厚吉
複素数と繰り返しが織りなす世界 サリバンの遊走領域非存在定理 角大輝
思いがけぬ活用法 不確定性原理とその応用 立澤一哉
力学系の源泉 ニュートンの運動法則 田邊晋
数学の世界の紙工作 貼り合わせの補題 土基善文
λ計算の美しさ 合流性定理 西崎真也
数学の野原を飛び出して 補間多項式の一意存在定理 縫田光司
ガウスとフロベニウス 平方剰余法則と指標の直交関係 原田耕一郎
ランダムネスに潜む普遍性 中心極限定理 洞彰人
みなさんなら何を選ぶ? 学生が選んだ美しい定理 鈴木寛
by planckscale
| 2009-06-06 16:23