2012年 02月 20日
財政政策の変分原理 |
月曜日発売の雑誌『アエラ』に「世界一の大学の大胆さに学べ」というタイトルで、Caltechについての4ページの記事が掲載されていました。
昨年、英国の高等教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』の世界大学ランキングでCaltechが一位になったので、どんな大学なのかと取材にいらっしゃったようです。
私もインタビューを受けて、Caltechは小さい大学なので、限られた資源をどのように戦略的に使って成果を挙げてきたのかというお話をしました。
というわけで(すこし飛躍しますが)、素粒子論研究室の同僚のマーク・ワイズさんが最近発表された、数理物理の方法の財政政策への応用について書きます。
国にしても、会社にしても、年金生活者にしても、社会のさまざまな状況によって収入が変化するときに、どのような原理で予算を組めば、リスクを抑えることができて、長期的に大きな赤字を出さずにすむかを理解することは大切です。
たとえば、私の所属するCaltechの収入の大きな部分は大学の基金の運用益なので、株式や債券市場の状況によって変化します。赤字が出ないようにするには、毎年の運用益だけを使うようにするというのが一つの方法ですが、それでは歳入が年毎に大きく変動することになるので、長期的な研究や教育をするためには不都合です。かといって、毎年決まった額を使うことにすると、不況で運用益が少ない時期に負債を抱えることになります。そこでCaltechでは、過去数年の運用益の平均を目安に、基金からの支出を決めています。しかし、これが一番合理的な方法化は明らかではありません。
同じような問題は、国家レベルでも、たとえば年金の支給額の決定にも現れます。最近話題になっている「社会保障と税の一体改革」の問題も、長期的に持続可能な政策はなんだろうかという問いだと思います。
予算を組むには、その年の収入や支出を予測しなくてはいけません。基金の運用益の場合には株式や債券市場、また年金の問題では経済成長率や高齢者人口が重要な変数になります。問題は、このような変数の予測が難しいことです。
長期的に持続可能な財政政策は、このような変数のゆらぎに大きく影響されないようになっている必要があります。
その年のキャッシュ・フロー(収入と支出の差)を決めるためのデータは、このような変数のこれまでの値しかありません。つまり、キャッシュ・フローは、これまでの変数の値の関数です。このデータから、一番合理的にその年の支出額を決めるにはどうしたらよいでしょうか。
マーク・ワイズさんと彼の学生だったマーティン・グレムさんは、遠い将来のあるX年に、赤字が出ていないようになっているために、キャッシュ・フローが満たすべき関数等式を導きました。⇒ ワイズさんとグレムさんの論文
たとえば、ある年のキャッシュ・フローが、上に上げたような変数のその年の値と、その年に計った変化率(つまり、変数の時間微分)だけによっているとしましょう。そうすると、変数の値が予想からずれた時に、赤字が出ないための条件は、古典力学で使われる変分原理を使って導くことができます。
古典力学では、物体の運動を記述するラグランジアンというものがあって、これは物体の位置と速度(位置の時間微分)の関数です。ラグランジアンを時間に沿って積分したものが、いわゆる「作用関数」。物体の位置をずらしたときに、作用関数の値が変わらないことを要請すると、物体の運動方程式を導くことができます。これを変分原理、そしてそれによって導かれた方程式をオイラー‐ラグランジュの方程式と呼びます。
そこで、財政政策に影響を与える変数を物体の位置、将来のX年における負債額を作用関数の値と見立てます。そうすると、変数が変化しても将来のX年に赤字が出ないためには、毎年のキャッシュ・フローがオイラー‐ラグランジュ方程式を満たしていればよいことがわかります。
この、ワイズさんたちの論文の面白いところは、通常使われている財政政策がこの条件を満たしていないことが簡単にわかるところです。社会保障財政が破綻してしまうのも無理はありません。私の年金運用計画も、オイラー‐ラグランジュ方程式を使って見直してみようと思いました。
ワイズさんの専門は素粒子論で、クォーク模型での計算方法の開発や、余剰次元を使った素粒子模型の構築で有名ですが、週に1日だけ物理学の方法を数理ファイナンスに応用する研究をされています。これまでカンや経験で判断していたことを、基本原理から理解できるようになるのは面白いと思います。
昨年、英国の高等教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション』の世界大学ランキングでCaltechが一位になったので、どんな大学なのかと取材にいらっしゃったようです。
私もインタビューを受けて、Caltechは小さい大学なので、限られた資源をどのように戦略的に使って成果を挙げてきたのかというお話をしました。
というわけで(すこし飛躍しますが)、素粒子論研究室の同僚のマーク・ワイズさんが最近発表された、数理物理の方法の財政政策への応用について書きます。
国にしても、会社にしても、年金生活者にしても、社会のさまざまな状況によって収入が変化するときに、どのような原理で予算を組めば、リスクを抑えることができて、長期的に大きな赤字を出さずにすむかを理解することは大切です。
たとえば、私の所属するCaltechの収入の大きな部分は大学の基金の運用益なので、株式や債券市場の状況によって変化します。赤字が出ないようにするには、毎年の運用益だけを使うようにするというのが一つの方法ですが、それでは歳入が年毎に大きく変動することになるので、長期的な研究や教育をするためには不都合です。かといって、毎年決まった額を使うことにすると、不況で運用益が少ない時期に負債を抱えることになります。そこでCaltechでは、過去数年の運用益の平均を目安に、基金からの支出を決めています。しかし、これが一番合理的な方法化は明らかではありません。
同じような問題は、国家レベルでも、たとえば年金の支給額の決定にも現れます。最近話題になっている「社会保障と税の一体改革」の問題も、長期的に持続可能な政策はなんだろうかという問いだと思います。
予算を組むには、その年の収入や支出を予測しなくてはいけません。基金の運用益の場合には株式や債券市場、また年金の問題では経済成長率や高齢者人口が重要な変数になります。問題は、このような変数の予測が難しいことです。
長期的に持続可能な財政政策は、このような変数のゆらぎに大きく影響されないようになっている必要があります。
その年のキャッシュ・フロー(収入と支出の差)を決めるためのデータは、このような変数のこれまでの値しかありません。つまり、キャッシュ・フローは、これまでの変数の値の関数です。このデータから、一番合理的にその年の支出額を決めるにはどうしたらよいでしょうか。
マーク・ワイズさんと彼の学生だったマーティン・グレムさんは、遠い将来のあるX年に、赤字が出ていないようになっているために、キャッシュ・フローが満たすべき関数等式を導きました。⇒ ワイズさんとグレムさんの論文
たとえば、ある年のキャッシュ・フローが、上に上げたような変数のその年の値と、その年に計った変化率(つまり、変数の時間微分)だけによっているとしましょう。そうすると、変数の値が予想からずれた時に、赤字が出ないための条件は、古典力学で使われる変分原理を使って導くことができます。
古典力学では、物体の運動を記述するラグランジアンというものがあって、これは物体の位置と速度(位置の時間微分)の関数です。ラグランジアンを時間に沿って積分したものが、いわゆる「作用関数」。物体の位置をずらしたときに、作用関数の値が変わらないことを要請すると、物体の運動方程式を導くことができます。これを変分原理、そしてそれによって導かれた方程式をオイラー‐ラグランジュの方程式と呼びます。
そこで、財政政策に影響を与える変数を物体の位置、将来のX年における負債額を作用関数の値と見立てます。そうすると、変数が変化しても将来のX年に赤字が出ないためには、毎年のキャッシュ・フローがオイラー‐ラグランジュ方程式を満たしていればよいことがわかります。
この、ワイズさんたちの論文の面白いところは、通常使われている財政政策がこの条件を満たしていないことが簡単にわかるところです。社会保障財政が破綻してしまうのも無理はありません。私の年金運用計画も、オイラー‐ラグランジュ方程式を使って見直してみようと思いました。
ワイズさんの専門は素粒子論で、クォーク模型での計算方法の開発や、余剰次元を使った素粒子模型の構築で有名ですが、週に1日だけ物理学の方法を数理ファイナンスに応用する研究をされています。これまでカンや経験で判断していたことを、基本原理から理解できるようになるのは面白いと思います。
by planckscale
| 2012-02-20 15:36