2012年 05月 09日
量子エンタングルメント |
前々回のブログで広報した『素粒子論のランドスケープ』をお読みいただいた平田康隆さんから、「ホーキング放射で放射される粒子1と事象の地平線に落ち込む粒子2」との間の「量子もつれ」について、コメント欄に質問がありました。
ちょうど今日、Caltechの大学院生から「量子エンタングルメント(もつれ)」について話を聞いたばかりだったので、書いてみます。
量子力学の世界では不思議なことがいろいろ起きますが、その中でも「エンタングルメント」は直感に反したものの代表でしょう。二つの粒子を考えて、その「波動関数」がもつれた状態にあるときに、量子状態を保ったまま二つの粒子を離していくと、「もつれ」がそのまま続いて行きます。そうすると、一方の粒子の観測を行うと、もう一方の粒子の状態も影響を受けることになります。
この影響は、光より速く瞬時に伝わる。そうすると、特殊相対論に矛盾するように思えます。
この不思議な事実を最初に指摘したのは、アインシュタイン、ポドルスキーとローゼンで、3人の頭文字を取ってEPRのパラドックスと呼ばれています。アインシュタインはこれを「spooky action at a distance(不気味な遠隔作用)」と呼んで、このために量子力学のコペンハーゲン解釈は間違っていると考えました。
実は、このような量子エンタングルメントを使っても、光より速く情報を伝えることはできないので、特殊相対論とは矛盾しません。それどころかこのような効果は、実際に実験室で検証されています。これは、最近注目されている「量子コンピュータ」の基本概念でもあります。
この量子エンタングルメントについての講演を聞く機会がありました。
Caltechで私が所属する数学・物理学・天文学部門では、半年に一回、外部のアドバイザーのグループがいらして、相談にのってくださる会があります。今日はその会のプログラムの一部で、3人の大学院生が自分の研究の発表をしました。
その一人が、ジェフ・キンブルさんの学生の碁盤晃久さん。キンブルさんの研究室は、まさしく、量子エンタングルメント実験のメッカです。
出張中のキンブルさんに代わって碁盤さんの紹介をしたジョン・プレスキルさんが、量子エンタングルメントのうまいたとえ話をしていたので、引用します。
「沢山のパーツからなる量子力学系、たとえば100ページの『量子本』を考えて見よう。もしこの本が古典力学に従うのなら、最初の10ページを読めば、本に書いてあることのおよそ10パーセントはわかる。しかし『量子本』では、10ページ読んでも、本に何が書いてあるのかはさっぱりわからない。それは、情報が個々のページに印刷してあるわけではないからである。本の情報は、いろいろなページの間の相関関係に書き込まれているのだ。そして、この相関関係はとても複雑なので、『量子本』に書かれている情報を、まるごと『古典本』に記録しようとすると、天文学的な大きさになって、とても書ききれるものではない。」
「量子コンピュータ」の概念を実験室で実現するためには、二つの粒子の間だけでなく、「沢山のパーツからなる量子力学系」のエンタングルメントが必要になります。これが碁盤さんの目標で、講演のタイトルも、「スケーラブルな量子ネットワークを目指して」でした。
講演の後は、実験室のツアーもあって、上の写真はそのときのものです。
他の二人の大学院生の講演者は、デバリーナ・ナンディさんとクリス・ローガンさん。
ナンディさんは、インドの大学院でカーボン・ナノチューブの研究をしていたのですが、たまたま学会でインドを訪れたCaltechのジム・アイゼンシュタインさんの講演に引きつけられて、何のつてもないのに、その年の夏休みにアイゼンシュタインさんの研究室に飛び込んできてインターン。その後、Caltechの大学院を受けなおして、トップで合格してミリカン・フェローになったとうやる気満々の学生です。
最後のクリス・ローガンさんは、CERNのLHC実験に参加しています。LHC実験では膨大なデータの中から新粒子のヒントを見つける必要があります。ローガンさんたちは、「レーザー変数」と呼ぶ新しい方法を開発して、データ解析に新境地を開いたのだそうです。米国の『フォーブス』誌の「30歳以下の30人のリーダー」の科学部門に選ばれました。
三人とも、研究をするのが楽しいという気持ちが素直に伝わってくるすばらしい講演でした。
ちょうど今日、Caltechの大学院生から「量子エンタングルメント(もつれ)」について話を聞いたばかりだったので、書いてみます。
量子力学の世界では不思議なことがいろいろ起きますが、その中でも「エンタングルメント」は直感に反したものの代表でしょう。二つの粒子を考えて、その「波動関数」がもつれた状態にあるときに、量子状態を保ったまま二つの粒子を離していくと、「もつれ」がそのまま続いて行きます。そうすると、一方の粒子の観測を行うと、もう一方の粒子の状態も影響を受けることになります。
この影響は、光より速く瞬時に伝わる。そうすると、特殊相対論に矛盾するように思えます。
この不思議な事実を最初に指摘したのは、アインシュタイン、ポドルスキーとローゼンで、3人の頭文字を取ってEPRのパラドックスと呼ばれています。アインシュタインはこれを「spooky action at a distance(不気味な遠隔作用)」と呼んで、このために量子力学のコペンハーゲン解釈は間違っていると考えました。
実は、このような量子エンタングルメントを使っても、光より速く情報を伝えることはできないので、特殊相対論とは矛盾しません。それどころかこのような効果は、実際に実験室で検証されています。これは、最近注目されている「量子コンピュータ」の基本概念でもあります。
この量子エンタングルメントについての講演を聞く機会がありました。
Caltechで私が所属する数学・物理学・天文学部門では、半年に一回、外部のアドバイザーのグループがいらして、相談にのってくださる会があります。今日はその会のプログラムの一部で、3人の大学院生が自分の研究の発表をしました。
その一人が、ジェフ・キンブルさんの学生の碁盤晃久さん。キンブルさんの研究室は、まさしく、量子エンタングルメント実験のメッカです。
出張中のキンブルさんに代わって碁盤さんの紹介をしたジョン・プレスキルさんが、量子エンタングルメントのうまいたとえ話をしていたので、引用します。
「沢山のパーツからなる量子力学系、たとえば100ページの『量子本』を考えて見よう。もしこの本が古典力学に従うのなら、最初の10ページを読めば、本に書いてあることのおよそ10パーセントはわかる。しかし『量子本』では、10ページ読んでも、本に何が書いてあるのかはさっぱりわからない。それは、情報が個々のページに印刷してあるわけではないからである。本の情報は、いろいろなページの間の相関関係に書き込まれているのだ。そして、この相関関係はとても複雑なので、『量子本』に書かれている情報を、まるごと『古典本』に記録しようとすると、天文学的な大きさになって、とても書ききれるものではない。」
「量子コンピュータ」の概念を実験室で実現するためには、二つの粒子の間だけでなく、「沢山のパーツからなる量子力学系」のエンタングルメントが必要になります。これが碁盤さんの目標で、講演のタイトルも、「スケーラブルな量子ネットワークを目指して」でした。
講演の後は、実験室のツアーもあって、上の写真はそのときのものです。
他の二人の大学院生の講演者は、デバリーナ・ナンディさんとクリス・ローガンさん。
ナンディさんは、インドの大学院でカーボン・ナノチューブの研究をしていたのですが、たまたま学会でインドを訪れたCaltechのジム・アイゼンシュタインさんの講演に引きつけられて、何のつてもないのに、その年の夏休みにアイゼンシュタインさんの研究室に飛び込んできてインターン。その後、Caltechの大学院を受けなおして、トップで合格してミリカン・フェローになったとうやる気満々の学生です。
最後のクリス・ローガンさんは、CERNのLHC実験に参加しています。LHC実験では膨大なデータの中から新粒子のヒントを見つける必要があります。ローガンさんたちは、「レーザー変数」と呼ぶ新しい方法を開発して、データ解析に新境地を開いたのだそうです。米国の『フォーブス』誌の「30歳以下の30人のリーダー」の科学部門に選ばれました。
三人とも、研究をするのが楽しいという気持ちが素直に伝わってくるすばらしい講演でした。
by planckscale
| 2012-05-09 16:22