2011年 09月 25日
光よりも速く |
素粒子論研究室の改装工事も終盤になりました。木曜日には工事の騒音を避けて、物理学・数学・天文学部門の事務室のならびにある副部門長の居室で、こっそり研究をしていました。
部門長が現れて、「ニュートリノが光より速いって聞いたかい。」と言います。
持っているのはニューヨーク・タイムズ紙の記事。速報論文や研究所のプレスリリースでないところが普通ではありません。
「CERNからグランサッソに打ったニュートリノが60ナノ秒早く着いたって言うんだ。」
「誤差はどのくらいですか。」
「10ナノ秒と書いてある。」
「距離にして3メートルか。GPSを使えば可能ですね。」
後で聞いた話では、他にも誤差の因子があるので、距離については20センチメートル程度の精度が必要だそうです。
「超新星1987Aまでの距離ってどのくらいでしょうか。」
1987年に観測された超新星Aからのニュートリノは、可視光が地球に届く約3時間前に、カミオカンデなどで観測されています。超新星爆発の理論によると、ニュートリノは可視光の数時間前に発せられることになっているので、光とニュートリノの速さがほぼ同じだとしても矛盾はありません。この観測に対して小柴昌俊さんがノーベル賞を受賞されたことはよく知られています。
「大マゼラン星雲にあるから、16万光年ぐらいだな。」
部門長は天体物理学者です。
「CERNからグランサッソまで700キロメートルとすると、これだけ走って18メートル(=光速×60ナノ秒)の差がついたということは、16万光年走ると4年ぐらい差がつきますね。」
「ニュートリノの速さがエネルギーに依存するということも考えられるんじゃないのか。」
「今回の実験で、エネルギー依存性は測っているのでしょうか。」
「ひとつのビームの長さはどのくらいでしょうか。」
「さて、(Caltechの)MINOS実験の人たちにでも聞いてみるか。」
後で聞いてみると、ビームの長さは3キロメートルぐらいだそうです。誤差3メートルの1000倍なので、ビームの形がしっかりわかっている必要があります。
カリフォルニア時間の金曜日の朝には、CERNで実験グループによるセミナーがありました。私もライブビデオで拝見して、質疑応答の時間にはツィッターで実況しました。
GPSでの位置情報を地下の実験施設まで延長する際の不定性、月の位置との関係や、潮汐力による地殻の動き。また、CERNとグランサッソの施設の高度の違いのために、一般相対論の効果で時間の進みかたにずれが起こる可能性など、さまざまな方面から質問が出ましたが、講演者はその一つひとつに丁寧に答えていました。しかし、ビームの形の不定性については、疑問が残りました。
このような議論を通じて、アインシュタインの相対性論が間違っているのではないかとか、タイムトラベルが可能になるのではないかという話はまったく出てきません。カール・セーガンが言ったように「法外な主張は、法外な証拠を必要とする」ので、「ニュートリノが光より速い」という主張に接したときに 科学者は、まず誤差の評価や解析がどのように行われたかを理解しようとします。
KEKの野尻美保子さんもブログに書いていらっしゃいますが、今回の実験結果についての「法外な主張」に注目した日本の新聞やテレビの取り上げかたは、研究の現状からあまりにかけ離れているので、科学報道としては残念だと思いました。
部門長が現れて、「ニュートリノが光より速いって聞いたかい。」と言います。
持っているのはニューヨーク・タイムズ紙の記事。速報論文や研究所のプレスリリースでないところが普通ではありません。
「CERNからグランサッソに打ったニュートリノが60ナノ秒早く着いたって言うんだ。」
「誤差はどのくらいですか。」
「10ナノ秒と書いてある。」
「距離にして3メートルか。GPSを使えば可能ですね。」
後で聞いた話では、他にも誤差の因子があるので、距離については20センチメートル程度の精度が必要だそうです。
「超新星1987Aまでの距離ってどのくらいでしょうか。」
1987年に観測された超新星Aからのニュートリノは、可視光が地球に届く約3時間前に、カミオカンデなどで観測されています。超新星爆発の理論によると、ニュートリノは可視光の数時間前に発せられることになっているので、光とニュートリノの速さがほぼ同じだとしても矛盾はありません。この観測に対して小柴昌俊さんがノーベル賞を受賞されたことはよく知られています。
「大マゼラン星雲にあるから、16万光年ぐらいだな。」
部門長は天体物理学者です。
「CERNからグランサッソまで700キロメートルとすると、これだけ走って18メートル(=光速×60ナノ秒)の差がついたということは、16万光年走ると4年ぐらい差がつきますね。」
「ニュートリノの速さがエネルギーに依存するということも考えられるんじゃないのか。」
「今回の実験で、エネルギー依存性は測っているのでしょうか。」
「ひとつのビームの長さはどのくらいでしょうか。」
「さて、(Caltechの)MINOS実験の人たちにでも聞いてみるか。」
後で聞いてみると、ビームの長さは3キロメートルぐらいだそうです。誤差3メートルの1000倍なので、ビームの形がしっかりわかっている必要があります。
カリフォルニア時間の金曜日の朝には、CERNで実験グループによるセミナーがありました。私もライブビデオで拝見して、質疑応答の時間にはツィッターで実況しました。
GPSでの位置情報を地下の実験施設まで延長する際の不定性、月の位置との関係や、潮汐力による地殻の動き。また、CERNとグランサッソの施設の高度の違いのために、一般相対論の効果で時間の進みかたにずれが起こる可能性など、さまざまな方面から質問が出ましたが、講演者はその一つひとつに丁寧に答えていました。しかし、ビームの形の不定性については、疑問が残りました。
このような議論を通じて、アインシュタインの相対性論が間違っているのではないかとか、タイムトラベルが可能になるのではないかという話はまったく出てきません。カール・セーガンが言ったように「法外な主張は、法外な証拠を必要とする」ので、「ニュートリノが光より速い」という主張に接したときに 科学者は、まず誤差の評価や解析がどのように行われたかを理解しようとします。
KEKの野尻美保子さんもブログに書いていらっしゃいますが、今回の実験結果についての「法外な主張」に注目した日本の新聞やテレビの取り上げかたは、研究の現状からあまりにかけ離れているので、科学報道としては残念だと思いました。
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by planckscale
| 2011-09-25 09:56