2012年 06月 11日
時の半分の昔からある赤い薔薇色の都市 |

ヨルダンに来たのは、ぺトラの遺跡を見るのが目的でした。
首都アンマンから車で南に3時間。ヨルダン高原から地中海に至る古代からの交通の要地にあります。
大きな岩山の間に、細い道が続いています。横ずれ断層によってできた岩山の割れ目が、水によって侵食されたものだそうです。横幅はほんの数メートル。洪水のために埋もれているところもありますが、本来は古代ローマ風の石畳で、馬車のわだちの残っているところもあります。
岩山に挟まれた道を2キロメートルぐらい歩くと、突然視界が開け、薔薇色の夢のように美しい建物が現れます。2000年ほど前にこの地を支配したナバタイ王国の神殿です。
神殿の先には、王家の墓や祭壇、ローマ風の劇場が続き、さらにその先には住居や市場が現れます。「香料の道」の中継都市として栄えた当時は、数万人が暮らす巨大都市だったそうです
建物の多くは、石のブロックを積み重ねたものではなく、岩山をくり抜いてできています。断層の真上にできた都市なので、地震による被害を防ぐためだとのこと。岩山から都市が浮き出てきたような不思議な光景です。
19世紀英国の詩人ディーン・バーゴンが「時の半分の昔からある赤い薔薇色の都市(a rose-red city half as old as time)」と詠んだことでも有名です。最近の観測によると、宇宙の年齢は約137億年と見積もられているので、その半分とすると69億年。地球の年齢より古いことになってしまいます。旧約聖書による世界の年齢の見積もりを使ったのでしょう。
石のブロックを積み重ねて作られた建物には、現在の免震技術と似た工法が採用されているものもありました。左の写真の神殿の壁には、ブロックの間に薄いジュニパーの木の層が挿入されていて、地震の振動を吸収するようになっています。何度もの地震に持ちこたえてしっかり建っているので、実際に免震構造が役に立ったのだろうと感心しました。ところで、私がヨルダンに来ている間に、ヨルダンのサッカーチームが日本チームに大敗したそうですね。ヨルダン人はサッカー好きが多いようで、私が日本人だと聞くと必ずこの試合の話になりました。イスラエルに戻るときににも、アンマン空港のパスポート検査官が私のパスポートを見て、普通なら「ヨルダンには何をしに来ていたのか」と聞くところを、開口一番「なぜ0対6だったと思う?」と聞いてきました。「日本までの長旅で疲れていたのではないでしょうか」と答えたら、「それでは言い訳にはならない」と、本当に困ったものだという顔をしました

by planckscale
| 2012-06-11 05:14









