2012年 11月 26日
文藝春秋:2012年ベストセラーの正体 |
今月の半ばには、Caltechでオリーブ収穫祭がありました。キャンパス内にあるオリーブの木の実を学生や先生などで摘んで、サンタバーバラの工場でオリーブオイルにしてもらいます。昨年は天候不順のために中止となりましたが、今年は無事に行われました。できたオリーブオイルは学内で販売される予定なので、楽しみです。
さて、先日発売になった雑誌『文藝春秋』の12月号の「2012年ベストセラーの正体」と題した対談記事に、阿川佐和子さんの『聞く力』やウォルター・アイザックソンさんの『スティーブ・ジョブズ』など9冊ともに、拙著『重力とは何か』が取りあげられていました。
東京大学の社会経済学者の松原隆一郎さんと評論家の瀬古浩爾さんの対談で、松原さんが、「理論物理学のさわりを、数式を使わずに説明する力量はすごいと思います」
とおっしゃっていたのはうれしかったです。
また松原さんは、事業仕分けなどによる「科学者たちの危機感が良質の啓蒙書を生んでいる」とおっしゃっています。
「研究にどれだけの価値があるかを、科学者自身が一般の人々、たとえば蓮舫さんのような政治家に説明しなければいけなくなったのです」
との解釈でした。
私がこの本を執筆した第一の動機は、自分の研究していることを人に伝えるのが楽しいからです。
科学者の一番大きな喜びは、もちろん、これまで誰も知らなかったことを見つけることです。二年前に雑誌『パリティ』の「物理っておもしろい?」と題した連載コラムにも次のような文を書きました。
「研究室の帰りに夜の星を眺めながら、この答えを知っているのは世界に自分しかいないという感動を覚えるというようなことは、研究者なら誰しも経験することだろう。そしてそれが次の研究への原動力となる。」
そして次には、その感動をできるだけ多くの人に伝えたくなる。これが第一の動機です。
また、私は子供の頃にブルーバックスなどの科学啓蒙書を読んで、科学のすばらしさや楽しさを知り、科学の研究を志しました。このような職業があるのだということを教えてくれた本の著者の皆さんには感謝しています。そこで、私も次の世代の皆さんに最先端の研究についてお伝えしたかったというのが、第二の動機です。
一般向けの講演をすると、社会人や大学生から、中学生、高校生も来てくださるのがうれしいです。理科の先生が推薦してくださっている高校もあるそうです。
最近は、大学や研究所また研究助成団体が、科学アウトリーチを奨励することが多くなったように思います。これには、松原さんのおっしゃる「科学者の危機感」も大きく影響しているようです。
20年ほどまえには、大学教授が啓蒙書を書いたりすると、同僚から「そんな時間があったら研究をせよ」と白い目で見られることもあったとお聞きしていますが、最近はそのようなことは少なくなりました。また科学アウトリーチの機会も増えたので、私のように研究の話をするのが好きなものにはありがたいことです。
この夏には、日本数学会の会員誌に「役に立たない研究の効能」と題した文を寄稿しました。その中に「日本では、数学や科学の基礎研究のほとんどは国民の税金で行われているので、納税者がクライアント」であり、「日ごろから基礎研究の重要性を広く伝える努力が必要」であると書きました。研究費の出資者である納税者には、どのような配当が期待できるかを正直に説明しなくてはいけないと思います。
ファラデーの電磁気学が現代の情報社会の基礎となったり、CERNがWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)を発明したりといった「思いがけない応用」という実用面だけを考えても、基礎科学への投資に大きなリターンがあることは歴史の教えるところです。
それに加えて、科学の成果を知る喜びは、文学、音楽、美術などと同じく、人生を豊かにします。基礎科学の研究者が、自然界の真実を探求するという人類の知的冒険の現状を報告し、そのすばらしさを一般の人と分かち合うことは大切だと思います。
「2012年ベストセラー・話題の本」の10冊のひとつに、科学書が入ったのはとてもよかったと思います。
先月の『文藝春秋』には、「名著再発見:六十歳になったら読み返したい41冊」と題した特集記事が掲載されていました。こちらには、41冊の中に理科系の本が一冊もなかったので唖然としました。科学が一般の人の教養とみなされていないとしたら残念なことです。
by planckscale
| 2012-11-26 15:59









