2013年 03月 10日
卒業式 |

私の子供も、小学校の1年生2学期から、毎週土曜日に通学させていただきました(1年生の1学期には、私がCaltechから研究休暇をいただいて東京大学に滞在していたので、本郷にある湯島小学校に通いました)。
今日は、その小学校の卒業式がありました。日本の学校そのままの式で、生徒にとっても、父兄にとっても、すばらしい経験でした。
その後の謝恩会でスピーチをさせていただく機会がありました。6年間ご指導くださった先生方に感謝の気持ちをこめて、スピーチの原稿をここに掲載します。
「日本語を学ぶということ、日本語で学ぶということ」
卒業生の皆さん、おめでとうございます。現地校での勉強とともに、毎週土曜日に補習授業校に登校し、また宿題もこなし、晴れてこの日を迎えられたことは、すばらしいです。また、これまでご指導してくださった先生方、普段から支援してくださっている日系コミュニティの方々に、心よりお礼を申し上げます。
米国に滞在しながら、日本の教育を受けさせることができたことは、父兄としても本当にありがたいです。米国に短期でいらしているご家庭では、日本の教材で勉強を続けることで、帰国した後に、日本の学校にすみやかに戻ることができるでしょう。また、すぐ帰国する予定がなくても、日本の文化をきちんと身につけさせたい、また日本に帰ったときには正しい日本語が話せるようにと、補習授業校に通わせてきたご家庭もあると思います。
日本語を身につけること、また日本語で勉強することには、もうひとつ大切な意義があるというお話をいたします。
オーストラリアの北東部にポルムプラールという原住民が住んでいて、この人たちの使う言葉には「右」や「左」という単語がないそうです。その代わりに、場所を示すときにはいつでも東西南北を使う。たとえば、「あなたの北側の足にアリがついていますよ」と言うのだそうです。そのために、ポルムプラール族の人たちはいつも東西南北に気をつけているので、方向感覚がとてもよく、決して道に迷うことがないのだそうです。
日本語と英語にもいろいろな違いがあります。たとえば、英語の文には必ず主語がありますが、日本語では主語がない文も許されます。「昨日は何をしたの」、「映画を見に行きました」などという会話がありますが、どちらの文にも主語がありません。
スタンフォード大学の心理学研究室で、最近このような実験がありました。日本語を話す人と、英語を話す人に、別々にビデオを見せます。ビデオでは、登場人物が花瓶を割ったり、ミルクをこぼしたりします。このビデオを見せた後で、「だれが花瓶を割ったのか」と聞いてみました。そうすると、日本語を話す人でも英語を話す人でも、ビデオの登場人物が花瓶をわざと割ったときには、その人のことをよく覚えていました。ところが、花瓶が偶然割れてしまったときには、日本語を話す人は、どんな人が花瓶を割ったのかよく覚えていなかったそうです。これは、見たことを言葉で表すのに、主語を使わないからだと考えられます。
逆に、日本語のほうが得意とする表現もあります。たとえば、日本語には私やあなたを表す単語がたくさんあります。敬語や丁寧語も発達しています。そのため、日本語を使うときには、相手との関係をよく考えて話すことになります。
このように、どのような言葉を使うかということは、私たちが身の回りのできごとをどのように感じ取ることができるか、またそれについてどのように考えるかに大きな影響を与えています。
1300年ぐらい昔のヨーロッパに、カールという名前の王様がいました。日本ではカール大帝と呼ばれていますが、現地校の歴史の時間では、シャーレメインという名前で習った人もいるかもしれません。古代のローマ帝国が滅びた後に、ヨーロッパを再び統一した人です。その王国が分かれて、現在のフランス、ドイツ、イタリアになりました。このカール大帝は、「別な言葉を習うことは、もうひとつの魂を得ることになる」と語ったといわれています。私たちの考え方は言葉に支配されているので、外国語を身につけることは、新しい考え方を学ぶことにもなるというのです。
今日卒業された皆さんは、現地校では英語で勉強し、土曜日には日本語で日本の教材で勉強してきました。英語でも日本語でも読み書きができるということは、物事をいろいろな面から、より幅広く、より深く考えることができるということです。カール大帝の言葉を思い出すと、皆さんには二つの魂ができた。これは、皆さんがこれから大人になって、活躍していくときに、大きな力になることと思います。
さて、このように現地校と日本語補習校で英語と日本語を学んでこられた皆さんですが、実は、学校ではもうひとつ言葉を勉強されています。私は、ロサンゼルスの北にあるカリフォルニア工科大学というところで、科学の一分野である物理学というものを研究し、またその講義をしたりしています。そのときに使う言葉には、もちろん英語もありますが、数学も言葉として使います。小学校では算数と言いますが、中学からは数学ですね。
数学というと、理科系の科目かと思われるかもしれませんが、私は言葉を学ぶようなものだと思っています。英語や日本語では表すことができないくらいに、物事を正確に表現するために作られた言葉です。そのために、数学がわかると、これまで言えなかったことが言える、これまで見えなかったことが見える、これまで考えたこともなかったことが考えられるようになります。
日本語と英語の2つの言葉を身につけられた皆さんは、数学もきちんと勉強されると、実は3ヶ国語が話せるようになる。3つの魂を持つようになるのです。日本語補習校を卒業された後も、日本語にさらに磨きをかけるとともに、数学も身につけて、トライリンガルとしてご活躍されることを期待しています。
本日は、誠におめでとうございました。


by planckscale
| 2013-03-10 15:50