2013年 05月 19日
九後汰一郎さん |
土曜日には、今年の3月まで京都大学の基礎物理学研究所の所長を務められた九後汰一郎さんの、定年退官を記念する研究会とパーティに参加しました。左の写真は、基礎物理学研究所の隣にある数理解析研究所の所長の森重文さんが、乾杯の音頭を取られている様子。右が九後さんで、左は東京大学の宇宙線研究所の所長の梶田隆章さんです。
実は、今週の金曜日と土曜日には Caltech でも私が参加しなければいけない行事があったのですが、数学・物理学・天文学部門の部門長のトム・ソーファーさんにご相談したところ、
「恩師のための行事に出席するのは、一番大切なことなので、ぜひ行きなさい」
と背中を押していただき、参加することができました。
私が京都大学の大学院生だったときに、同じく大学院生として一緒に勉強をした素粒子論研究室の皆さんとも再会することができ、楽しい会でした。
パーティでは、ご挨拶をさせていただき、九後さんにこれまでのお礼を申し上げることができました(右の写真は佐賀大学の橘基さんにいただきました)。
私のご挨拶の原稿を添付します:九後さん、このたびはつつがなくご退官を迎えられましたことを、心よりお慶び申し上げます。
大学教授の職務には、研究、教育、行政の3つの次元があるといわれます。九後さんは、研究においては、非可換ゲージ理論の共変的量子化のお仕事をはじめ、超対称性や超重力理論、弦の場の理論、隠された局所対称性の理論などの偉大な業績をあげられ、教育においては、ここに集まった数多くの後進を育てこられ、行政においては基礎物理学研究所の所長を勤められるなど、この3次元のすべての方向に大きな貢献をしてこられました。
こうしたご活躍を記念するこの大切な会で、ご挨拶をさせていただく機会をいただき、感謝しております。
九後さんが京都大学に入学されたのは、対称性の自発的破れのアイデアをゲージ理論に組み込み、素粒子の弱い力と電磁気の力とを統一するいわゆるワインバーグ‐サラム模型が提案された年でもありました。これは、場の量子論の暗黒時代が幕を閉じ、ゲージ理論が素粒子物理学の基本言語として確立する端緒となりました。シドニー・コールマンは、イタリアのエリチェ夏の学校での自らの講義録を集めた名著 ”Aspects of Symmetry” の序文で、それから1970年代の終わりまでを振り返り、次のように述べています:
それは、場の量子論の歴史的な勝利の時代であり、素粒子論の研究者として最高の時代でした。栄光に包まれた場の量子論の凱旋パレードは、遠くの国々から持ち帰った素晴らしい宝物にあふれ、沿道の観客はその偉大さに息を呑み、また喜びの歓声を上げたものでした。
九後さんが、小嶋泉さんと開発された非可換ゲージ理論の共変的量子化は、まさしくこのような宝物のひとつでした。
コールマンの回想する英雄時代が終わったころに大学に入学した私たちにとって、31歳で仁科記念賞を受賞され、助教授になられたばかりの九後さんは、まぶしい存在でした。このような先生のもとで素粒子論の研究をしたいものだと思いました。幸いなことに、大学院では素粒子論研究室に受け入れていただき、場の量子論についての九後さんの透徹した理解に学ぶことができ、また共同研究者にも加えていただきました。
皆さんよくご存知だと思いますが、九後さんの学問のすばらしさのひとつは、「あるものごとを理解した」と言うために要求されるスタンダードの高さです。九後さんが「わかった」とおっしゃるときには、霧が晴れたかのように、透き通った世界がひろがり、隅から隅まで明瞭にわかる。わかる前とわかった後とでは、世界の見え方が全く変わる。わかるとはそういうことだということを、教えていただいたことは、今でも大切にしています。理論の整合性に対する九後さんのスタンダードの高さは、その清廉潔白な倫理観にも現れています。何かの議論で九後さんと異なる意見を持つことがあったとしても、九後さんの主張が、私利私欲ではなく、真実を追究する誠実な心から出ていることを疑う人はいません。
子を持って知る親心と言う言葉がありますが、私は教授になり、学生の指導をするようになって、学生を叱るというのは難しいものだとつくづく感じました。九後さんは、学生に対しても、一人の人間として真剣に対峙してこられました。私も、学生のときに九後さんにご叱責を受けたこともありますが、九後さんに学んだことも、怒られたことも、私の人生の大切な宝です。この場をお借りして、そのすべてにお礼を申し上げます。ありがとうございました。
九後さんは、ワインバーグ‐サラム模型が提案された年に京都大学に入学され、ヒッグス粒子の発見によって標準模型が完成した翌年に京都大学を去られることになります。しかし、究極の理論の探求はさらに続きます。標準模型は宇宙のエネルギーの5パーセントしか説明せず、また重力を含んでいません。残りの95パーセントにも合理的な法則があり、私たちはそれを解明できるはずです。知の最先端を切り開いて行く素粒子論のさらなる発展のためには、九後さんが自ら範を示されてきた理解のスタンダードの高さを継承していくことが、今後ますます重要になっていきます。私も、九後さんの真実を追究する誠実な姿勢に習い、研究に精進していきます。
九後さん、本当にありがとうございました。京都産業大学に移られても、健康に留意され、お元気でご活躍ください。
by planckscale
| 2013-05-19 08:26









