2015年 04月 06日
現在の基準で過去を裁くこと |
プエルトリコ⇒ケンブリッジ大学⇒東京と、世界一周の出張を終えて、Caltechに戻ってきました。朝日新聞のWEBRONZAに寄稿し、4月6日(月)に記事が配信されました。
スティーブン・ワインバーグさんは、対称性の自発的破れの機構を素粒子の模型に組み込んで、電磁気力と弱い力を統一する理論を作り、素粒子の標準模型の基礎を築いた素粒子論の研究者です。その彼が、テキサス大学で行ってきた科学史の講義を“To Explain the World” というタイトルの本として出版したので、読んで見ました(左の写真)。
この本は、一部の歴史学者の間から激しい非難を浴びました。現代の科学の基準で過去の哲学者や科学者を評価するのは、歴史学の方法として正しくない。過去の人々は、その時代の基準で評価しないといけないというのです。
これに対し、ワインバーグさんは、「アリストテレスよりニュートンの方が、またニュートンよりアインシュタインの方が、世界をよりよく理解していたことは、解釈の問題ではなく、明白な事実である」と、反論しています。
この間の論争の背景には、「科学者が発見したと称する自然界の法則は社会的構築物にすぎず、そこには社会的/文化的な制限を越えた客観的な意味はない」という、ポストモダニズムの考え方があります。科学が社会的構築物にすぎないのであれば、現在の科学の立場から、過去の科学を裁くことはできないというわけです。
そこで、今回のWEBRONZAの記事では、「現在の基準で過去を裁く」ことの是非について、様々な場面で考えて見ました。
編集部の許可を得て、記事の最初の部分を公開します:
「現在の基準で過去を裁く」ことの是非
スティーブン・ワインバーグは、素粒子論における業績に対し1979年にノーベル賞を受賞した著名な物理学者で、『宇宙創成はじめの3分間』(ちくま学芸文庫)をはじめとする一般向けの解説書でもよく知られている。学問上の業績と深い教養によって、米国では最も尊敬されている科学者のひとりである。その彼が、テキサス大学で行ってきた「科学史」の講義に基づいた大著“To Explain the World” (邦題は『世界を説明すること』だろうか)が、この2月にハーパー・コリンズ社から出版されたので、早速読んでみた。
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ワインバーグは、現在の科学者の立場から、過去の偉大な哲学者や科学者を情け容赦なく断罪している。しかし、このように「現在の基準で過去を裁く」ことは、歴史学の世界では禁じ手のようで、本書は刊行と同時に、一部の歴史学者から激しい批判を浴びた。今回の論考では、「現在の基準で過去を裁く」ことの是非を中心に、ワインバーグの科学史観から、日本の戦争責任問題、また、未来から見た私たちの現在の行為までを考えてみよう。
この新著は、個々の「科学的事実」の発見ではなく、「科学的方法」の発見に重点を置いていることが特徴だ。ワインバーグによると、ターレスからアリストテレスにいたる古代ギリシアの科学哲学者は、「美的効果によって表現を選んだ詩人」であり、観察や実験によって自らの理論を正当化すべきだとは考えなかった。一方、16世紀英国のフランシス・ベーコンは、「極端な経験主義者」であり、「その著作によって、科学者の営みによい影響があったとは思えない」。また、近代合理主義の父とされる17世紀フランスのルネ・デカルトは、「信頼できる知識を得るための真実の方法を見つけたと主張するものにしては、自然の数多くの側面について、驚くほど間違った理解をしていた」。
科学史の研究者でハーバード大学教授のスティーブン・シェイピンは、ウォールストリート・ジャーナル紙に、「なぜ科学者は歴史を書くべきではないか」という挑発的な題名でこの本の書評を書き、歴史とは過去をそのものとして理解しようとする学問であって、現在の基準で過去の行為を裁いてはいけないと批判した。
これに対しワインバーグは、…
⇒ この先はWEBRONZAのウェブページでご覧ください。
by PlanckScale
| 2015-04-06 13:43









