2021年 03月 04日
コロナが基礎科学にもたらす変革 前編 |
今年も無事にひなまつりのお祝いができたことに感謝します。

さて、新型コロナウイルス感染症の世界的流行による社会活動への制限に対し、私が機構長を務めているKavli IPMUで、どのように対応しているのかについて、新聞等に取材を受ける機会がありました。特に日経新聞には何度も取り上げていただきました。

また、朝日新聞の論座に「コロナが基礎科学にもたらす変革」と題した記事を書きました。掲載されて半年ほどたつので、その後の経過を反映して編集したものを転載します。
この原稿を書いている現在、新型コロナウイルス感染症の世界的流行のため社会活動が大きく制限されています。東大でもカリフォルニア工科大学でも2020年春にはすべての授業がオンラインになりました。また入構制限のため研究活動も影響を受けました。アスペン物理学センターでも、三月に緊急の理事会が招集され、2020年夏のプログラムは中止になりました。ワクチン接種が始まったので、感染が収束に向かい、社会活動が回復していくことを期待しています。
しかし、自宅待機などの間に急速に広まったデジタル革新、特にバーチャルな世界の開拓は、感染が収束しても社会のあり方に不連続な変化をもたらすと思います。そこで、私たち研究者がコロナ時代にどのように対処してきたかをご紹介し、それがポスト・コロナ社会にどのように生かせるかを考えてみます。
コロナ時代になって、皆さんも Zoom のようなウェブ会議システムを使う機会が増えたことでしょう。私のような研究者たちは、遠隔地の共同研究者との議論などのためにコロナ前からウェブ会議を日常的に利用していました。それが今やセミナーや国際会議などもウェブ上で開かれるようになりました。
私自身も、昨日はオックスフォード大学のセミナーで話をし、今日は南アフリカの国際会議で司会、明日は米国連邦政府の委員会に出席、その間に学生やポスドクと面談をして、Kavli IPMUやカリフォルニア工科大学の運営に関する会議にも出席する。これをすべて自宅の書斎から行うという日々が続いています。ウェブ上のセミナーや国際会議の効果としてまず挙げられるのは、研究情報伝達の加速です。また地方大学や発展途上国の研究者が最先端の講演を聞く機会が増えたことも重要です。この
様子は30年前に基礎科学で起きた大きな変革を思い出させます。
私が1988年にプリンストンの高等研究所に滞在した時、私と同じく超弦理論の研究をしていたジョアン・コーンさんが、最新のプレプリントを電子メールで配信するサービスを始めていました。私たち研究者は当時、査読雑誌に掲載される前の論文をプレプリントとして郵送でやり取りしていました。彼女はそれをメールで配信することを思いついたのです。書き上がった論文のファイルを彼女に送ると、翌日に彼女がメーリングリストに載っている研究者に転送してくれます。しかしこのシステムには問題がありました。ひとつは彼女の善意に頼っていること。もうひとつは、コンピュータのメモリー容量が小さかったので、送られてくる論文ファイルですぐにメモリーがあふれてしまったことです。
1991年6月にアスペン物理学センターで開かれていた超弦理論研究会の昼食の席でこの話題になり、そこにいたポール・ギンツバークさんが「もっとよいシステムがあるはずだ」と言い出しました。早速アスペンでワーキンググループが立ち上がり、プログラミングに長けたギンツバークさんは数日でプレプリントの自動配信システムを構築しました。二カ月後には、ロスアラモス国立研究所のコンピュータをレポジトリ(情報貯蔵庫)とする「電子プレプリントアーカイブ」が動き出しました。アーカイブに登録しておくと、新着論文のタイトルと要旨のリストが送られてくる。それを見て読みたい論文の番号をアーカイブにメールすると、ファイルが送られてくるというシステムです。1993年にはウェブで配信できるようになりました。
プレプリントを郵送でやり取りしていた時代は、欧米の主要研究機関に所属していない研究者には最新の研究情報がなかなか伝わりませんでした。1984年に超弦理論革命が起きた時にも、京大で大学院生をしていた私のところには、プレプリントが届くのに3カ月もかかりました。それが今では世界のどこにいても毎日最新の論文が読めるようになりました。欧米の主要研究機関にいても発展途上国の大学でも、この点では情報環境が平等になりました。電子プレプリントアーカイブは、基礎科学の研究を「民主化した」と言われます。
電子プレプリントアーカイブの設立当時を回想したのは、このシステムのもたらした基礎科学の民主化と研究交流の促進が、ウェブ会議を使ったセミナーや国際会議によってさらに加速すると思うからです。カリフォルニア工科大学のような米国の主要大学に所属する利点のひとつは、毎日刺激的なセミナーを聞けることでした。それがコロナ時代になってセミナーがウェブで開かれるようになると、発展途上国の研究者でも同じセミナーに参加し質問もできるようになりました。こうしたオンラインセミナーを録画して公開している大学や研究所も多いので、興味のある話題のセミナーを好きな時間に視聴できるのも便利です。
ウェブを通じたセミナーや国際会議は、新しい学術交流のあり方を示しています。電子プレプリントアーカイブと同じように講演ビデオのレポジトリを作ろうという動きも始まり、米国のサイモンズ財団なども後押ししています。
しかし残念なことに、日本の大学や研究所はこのような世界的な動きに完全に乗り遅れています。
by PlanckScale
| 2021-03-04 07:49










