2021年 03月 18日
未来に伝える |
昨年7月30日の『週刊文春』に私のエッセイが掲載されました。
日本製紙連合会の広告ですが、紙についてなら何を書いてもよいということで、書籍の役割について書きました。

写真はカリフォルニア工科大学のモルガン図書館で撮影しました。
以下にエッセイを転載します。
子供のころから本に囲まれて育った。両親の経営する商店の近くに岐阜で最大の自由書房本店があって、学校の帰りに毎日立ち寄った。児童書は入り口の左にあったが、小学校高学年になると文庫や新書がある一階の奥に出入りするようになり、中学に入るころには恐るおそる2階や3階に登って専門書を眺めた。京都の下宿に持って行った1,000冊の本は大学院を出るころには5,000冊になり、日本と米国の大学を移籍するたびについてきたので、太平洋を4回横断した。
最近は妻の断捨離プレッシャーに負けて蔵書を整理し、電子書籍も使うようになった。カリフォルニアに住んでいても読みたい和書がすぐに手に入れられるのは便利だし、旅行に何冊持って行っても荷物にならないのもありがたい。しかし、ページをぱらぱらとめくって情報を探したり、何冊も本を広げて引き比べるときには、紙の本のほうが使いやすい。
本をななめ読みすることを英語では「ブラウズ」という。これはもともとは放牧された牛や馬が野原の草を食べる様子を表していた。ページをぱらぱらとめくるのはブラウズだが、書店で本を見て回ることもブラウズと言う。小学校の頃の私は自由書房で放牧されていたのだろう。書店に行く楽しみの一つは思いがけない本に出合うこだ。目当ての本の近くにあった本をふと手に取ることで新しい世界が開けたことが何度もあった。アマゾンも便利だが、ブラウズをするときには紙の本が置いてある書店に行きたい。
本は長期の保存でも優れている。自宅の近くのハンチントン図書館に、アルキメデスの企画展を見に行ったことがある。紀元前3世紀、アルキメデスは積分の方法をパピルスに書き記し、アレクサンドリア図書館の館長エラトステネスに送った。この著作はローマ帝国崩壊後にビザンツ帝国に伝わり、羊皮紙に写本された。十字軍によるコンスタンティノープルの略奪から何世紀もの間行方不明だったが、20年前にクリスティーズの競売に現れ、匿名の篤志家の寄付により修復されたのだ。私の研究でも毎日のように使っている積分の方法を見出したアルキメデスが、2,300年の時を超えて、ハンチントン図書館の展示から語りかけてきた。
記録の長期保存の役割は、現代では紙の本に引き継がれている。私のように数学や物理学を研究するものは、2,300年前も現在も、また宇宙のどこに行って
も成り立つ真実の発見を目指す。そして、それがいつかは人類の役に立つことを願う。研究成果が将来の世代に確実に伝えられるかどうかは気になるところだ。数
学や物理学では、私が昨年まで所長を務めていた米国コロラド州の研究所で開発された電子論文アーカイブが研究発表の標準となっている。世界のどこにいても
最新の研究成果が手に入るのは便利だ。しかし、現在使われているデータ形式が数世代後にも解読できる保証はない。また、全世界のデータセンターの電力消費
は総電力の一パーセントにもなるという。持続可能な記録媒体としては、今のところ紙の本に勝るものはない。
も成り立つ真実の発見を目指す。そして、それがいつかは人類の役に立つことを願う。研究成果が将来の世代に確実に伝えられるかどうかは気になるところだ。数
学や物理学では、私が昨年まで所長を務めていた米国コロラド州の研究所で開発された電子論文アーカイブが研究発表の標準となっている。世界のどこにいても
最新の研究成果が手に入るのは便利だ。しかし、現在使われているデータ形式が数世代後にも解読できる保証はない。また、全世界のデータセンターの電力消費
は総電力の一パーセントにもなるという。持続可能な記録媒体としては、今のところ紙の本に勝るものはない。
by PlanckScale
| 2021-03-18 05:48