
このたび、Caltechのウォルター・バーク理論物理学研究所の初代所長に就任しました。
Caltechのプレスリリース
日本の新聞にも掲載されていたようで、上の写真は東京新聞の切抜きです。
Caltechでは、これまでも理論物理学の分野にPrize Postdoctoral Felloshipというプログラムがあって、およそ1500万ドル(約15億円)の基金の運用益から、ポストドクトラル・フェローを雇用していました。このプログラムは1980年代に始まったのですが、過去30年の間に120名以上のポストドクトラル・フェローが巣立って、その95パーセント以上が全世界の主だった大学や研究所で研究を続けているという成功を収めてきました。
Caltech理論物理学ポストドクトラル・フェローの現職
そこで、このプログラムをさらに拡充し、また大学院生の支援や客員研究員、研究会、シンポジウムなどによる研究交流の促進するために、シャーマン・フェアチャイルド財団とゴードン&ベッティ・ムーア財団から新たに3000万ドル(約30億円)の寄附をいただきました。そこで、これまでの様々な基金とあわせて、総額7500万ドル(約75億円)の基金の理論物理学研究所を設立することになりました。
基金があると、毎年5パーセント程度を運用益として使えることになっているので、75億円の基金だと、研究所の年間予算はおよそ3億7500万円という事になります。これがどのくらいの額に当たるかというと、たとえば米国のエネルギー省が理論物理学の研究のために支給している補助金の全米の大学の総額はおよそ25億円です。
研究所のウェブサイト
研究所に名前をつけさせていただいたウォルター・バークさんは、Caltechの終身理事です。シャーマン・フェアチャイルド財団の理事長を35年間務められ、その間に様々な形でCaltechに貢献されてきました。
ファインマンやゲルマンに代表されるように、理論物理学はカリフォルニア工科大学において特に重要な分野なので、これを将来に引継ぎ、より大きな成果をあげるための研究所を任されたことを、光栄に思います。理論物理学は科学の最も基礎となる分野であり、それだけにどのように役に立つのかがわかりにくい分野でもあります。このような分野に、これだけの額の基金を設立していただき、自由に研究できる環境にしていただいたことは、大学や財団の方々のこの分野への期待の高さを示すものであり、それに応える成果をあげていかなければいけないと身の引き締まる思いです。最近は、日本でも、米国でも、国家財政の逼迫のために、基礎科学への支援に不安があります。このようなときにこそ、基金の設立により、将来永劫にわたり、安定した研究資金を得られるようになったことはとてもありがたいことです。
今週は、この研究所主催の最初の研究会「原始の重力波と宇宙論」を開催しました。
BICEP2による宇宙背景マイクロ波輻射(CMB)のB-モード偏光の観測の意義については、このブログや朝日新聞の
WEBRONZAにも書きました。
今回の研究会では、BICEP2の観測結果のデータ解析から、超弦理論や宇宙論の理論的な話まで、CMBや重力波に関わる様々な話題が議論されました。
研究会のスライドやビデオ
下の写真は、プリンストンの高等研究所のマティアス・ザルダリアガさんの講演の様子です。ザルダリアガさんは、銀河内の塵による偏光の効果についてお話になりました。
宇宙のマイクロ波の偏光の起源としては、原始の重力波によるもののほかに、CMBが発せられてから現在の地球に伝わってくる間に
重力レンズの効果などで起きる偏光、また銀河のなかの塵が発する偏光など、様々なものがあります。特に銀河の中の塵の効果については、まだわかっていないことが多いので、それがBICEP2の観測にどの程度影響を与えたのかを見積もるのが難しいようです。幸い、Planck衛星はこのような塵の効果を観測しており、BICEP2が観測した天空の領域についても、今年のおわりまでにはデータ解析の結果が発表になるそうです。
1990年代の終わりごろに、遠方の超新星の赤方偏移が観測されたときにも、これが宇宙の加速膨張の証拠であると決着するのにはしばらくかかりました。そのころ私はカリフォルニア大学バークレイ校の教授をしていて、後にノーベル物理学賞を受賞されるソール・パールムッターさんたちのグループと同じ建物にいただのですが、赤方偏移の原因が塵ではないのか、また、遠方の超新星のスペクトルが、近くの超新星のスペクトルと同じであるという根拠がないなどというさまざまな疑問が指摘され、パールムッターさんも苦労されていたようでした。このときには、CMBなどのデータと組み合わせることで宇宙の暗黒エネルギーや暗黒物質の量が決まり、整合性のある宇宙像になりましたが、超新星のデータしかなかったら、決着するのにかなり時間がかかっただろうと思います。
このように様々な観測データを組み合わせて宇宙の理解が進んでいくというのが、科学の健全なあり方だと思います。